カラテトランスフォーマーPROFILE

 趙澄(ちょう・ちょう)さんは、19年前にITエンジニアで夫の曹炬(そう・きょ、48歳)さんの仕事の都合により、日本へ移住した(※中国は夫婦別姓)。専業主婦として夫を支え、二人の子どもを授かるようになる。長男・曹沢浩(そう・たくこう)君は、体が大きく正義感が強い。二男の曹沢瀚(そう・たくかん)君は、無邪気で明るい性格のようだ。

 趙さんは学生時代に陸上で短距離走・走り幅跳びなどに取り組んでいたため、体を動かすのは好きだった。区の健康診断ではメタボリックシンドローム、いわゆるメタボの注意を受けていたこともあり、「そろそろ運動をしないと……」と思っていたという。たまたま空手を習っている友人がいたが、自宅から道場までは遠く、通うには厳しい。そんな中、沢瀚君が通う学習塾で送り迎えをしている時に外で待機していると、隣の部屋を出入りする男性の行動が気にかかった。なにやらポスターを貼っている様子で、よく見ると“空手”“入門希望”と書かれた文字が目に飛び込んできた。その男性こそ、東京ベイ港支部(小井道場)の開設に奔走していた小井師範だった。

 置いてあったチラシを手にとり、近日中にオープンすることを知る。運命の出会いとは、こういうことを言うのだろうか。二男の沢瀚君は風邪で熱を出すことが多く、長男の沢浩君は学校でイジメに悩んでいたことも後押しして、“私たちに空手は必要かもしれない”と心は大きく入門に傾いた。

 2010年のオープン日。長男の運動会が終わると、三人は道場へ足を運んだ。小井師範が笑顔で出迎えてくれて緊張した気持ちがほぐれると、ユニークで優しい指導に好感触を得てすぐに入門を決めた。未経験でもレベルに合わせた指導法に、それぞれがはまっていく。第1期生として入門して1年が経ち、マジメに道場へ通っていた三人は、少しずつ別人のようになっていった。脂肪が筋肉へ変わりつつある趙さんは健康体を取り戻していき、沢瀚君は病気にかかりにくくなる。とくに大きな変化があったのは沢浩君で、悩んでいたイジメを克服することができた。その当時の様子を振り返る。

 「仲間と一緒に弱いやつを見つけてイジメていく、素行の悪い同級生でした。最初は別の人をイジメていたんですけど、いよいよ僕の番になったんです。つねってきたり、呼び出されたりしました。デブとか言われても、なにもできなかったんです。でも、空手を習い出してからしばらく経って、そのイジメっ子が顔を殴ってきたんです。僕は、勇気を出して殴り返しました。そうしたら、二度とイジメられなくなりました。周りにいた仲間も、僕が空手をやっていることを知ったらしく、一目置くようになったんです」

 もちろん空手家はケンカをしてはいけないが、身を守るために闘うことはある。そのイジメっ子はおとなしくなり、やがて転校することとなる。ケンカが嫌いな沢浩君がとった行動が、イジメの連鎖を止める役割をはたしたのだった。じつは沢浩君は、当初、小井師範が怖く稽古も厳しくて道場へ通うことをためらうこともあったという。きっとそれは、心の弱さを克服してほしいという小さなハードルが用意されていたのだろう。肉体の健康は、稽古を続けていけば自然とついてくる。だが心の強さは、意図的に負荷がかからないとなかなか身につかないものだ。「空手をやることで自信になった」と語る沢浩君は、より大きな成果を得ることができたのかもしれない。

 三人の目標は、「最終的には黒帯を巻いてみたい」(趙さん)、「もっと筋肉をつけたい。大学へ進学しても続けたい」(沢浩君)、「大会で優勝したい」(沢瀚君)とそれぞれあるが、空手への熱い思いは同じだ。父・曹炬さんも、みんなが空手にはまっている姿を見て興味を持っているようなので近い将来、もしかしたら家族全員が揃うかもしれない。同じ方向を見て、みんなで讃え合える関係。空手が与えてくれたものは、計り知れないほど大きい。