カラテトランスフォーマーPROFILE

 プロフィール写真を見て、笑顔の関かかりさんの右側に写る“顔”が気になった方も多いのではないだろうか。一見すると人形のようだが、じつはれっきとした人間。刈り上げられた女性の後頭部に、関さんの似顔絵が描かれている、という構図だ。

     

 後頭部の人物は若木くるみさんという美術家で、2009年の『第12回岡本太郎現代芸術賞』では、グランプリにあたる岡本太郎賞を受賞している実力派。彼女は246kmのマラソン大会『スパルタスロン』や、山中を走る『トレイルランニング』に参加するなどアスリートとしての顔も持ち、芸術とスポーツを融合させた斬新な試みを数多く行なってきた。写真は2014年に兵庫県で展覧会が行なわれた約2ヵ月間、若木さんが後頭部に毎日違う人物の顔を描き、後頭部の人を世界各国の旅へお連れする「葉っぱを求めて三千里」という作品で、ゴール地点の展覧会場に戻ってきた時の一枚。長い旅のフィナーレを飾る似顔絵が、キュレーションをしていた関さんだったというわけだ。

     

 もともと絵を描くことや物づくりが得意だったことから、京都市立芸術大学へ進学した関さん。学生時代は自身も“アーティスト側”にいたが、「大学の中でもこの人はすごいな、才能があるなと感じる人が何人かいるんです。時間が経つにつれ、自分が制作をすることより人が生み出す作品をどうやったらうまく世に出していけるか、というほうに興味が湧くようになりました」。大学卒業後、京都のアートギャラリー勤務を経て、2009年から実家のある東京へ戻った。現在は美術館の職員として、所蔵作品の貸し出しや現代アートイベントの企画などを担当している。前述した若木さんをはじめ、アーティストとは仕事をともにする機会も多い。

「私はアートの世界しかあまり知らないんです」と語る関さんと空手の接点は、ある偶然から生まれた。2015年12月、知人が主催した飲み会に参加したところ、店に遅れて現われたのが、カラテトランスフォーマーvol.1に登場している西畑誠さんだった。この日が初対面だった西畑さんは、やたらと体格がいい。聞けば、極真空手の道場に通っていて、飲み会に遅れたのも稽古があったからだと言う。ちょうどこの時期、次第にふくよかになっていく自身の体型を気にしはじめていた関さん。漠然と運動をしなければと思ってはいたものの、元来痩せ型で一度もダイエットをしたことがなく、何をすればいいのかわからなかった。そんな時に飛び出した「空手」というワード。「体験はできるんですか?」「できますよ」「女性はいらっしゃるんですか?」「たくさんいます。女性の先生もいますよ」「一度体験しに行ってもいいですか?」――。トントン拍子に話は進んだ。

「最初は『えらいところに来てしまったな』と思ったんですけど、見よう見まねで突きや蹴りを出したら気持ちがよくて、すごく楽しかったです。それに、亜翠佳先生はすぐに私の名前を覚えてくださって、道場の女性陣も気さくに話しかけてくれました。最初の印象がよかったことが大きいと思います」

       

 関さんはその日のうちに入門を決めた。同性で年齢も近い谷口亜翠佳先生は、女性ならではの力の出し方などを教えてくれ、週1回の型クラスでは手取り足取り指導をしてくれることもある。また、「最初にお会いした時は絵に描いたような『空手家』という印象で、オーラがすごかった」と語る小井泰三師範は、前回の稽古からよくなった部分をきちんと見てくれていて、それが次の稽古への活力となった。小井師範と谷口先生がつくり出すアットホームな空気に居心地のよさを感じ、さまざまな職種が集う東京ベイ港支部道場生との会話を楽しみながら、関さんは週2回のペースで道場に通った。そして空手の世界に触れたことは、関さんの中に眠っていたある感覚を呼び覚ますこととなる。

     

「今の私の仕事はアーティストと展覧会やプロジェクトに向け、作品にとって良い展示になるようにともに考え、実施に向けて調整します。これまでも大学卒業からはずっと、人のために何かをするという生活が当たり前になっていました。もちろん、そこにやりがいを感じていますが、自分のために行動する機会がなくなっていたことに気がつきました。大人になってから何かを学び、稽古をしたことが自分の身になっていることを実感できるのは、すごく新鮮で楽しいです。大人になると、試験を受ける機会もなかなかないですよね。昇級審査の時はすごく緊張しましたが、『この緊張感って久しく味わっていなかったな』と思いました」

 

 緊張した場面を回想しているにも関わらず、関さんはどこか楽しそうだ。入門から2年が経過し、日々の稽古が目に見える形で成果となって表われていることも、その理由だろう。帯の色は白からオレンジへと変わり、現在は青帯を締めている。また、体が絞れたことで体重は3~4キロ減り、ダイエットという当初の目標は達成した。しかし、「今は体を動かすことが楽しくて、空手をしていないと体がムズムズするんです」と語るように、空手を続ける目的そのものにも変化が生じはじめている。そんな関さんに現在の目標を訪ねると「横蹴りを綺麗に蹴りたい」という答えが返ってきた。

     

「亜翠佳先生に毎週教えていただいているのですが、私は股関節が硬いので横蹴りが全然上がらないんです。同じクラスに来ている若いお嬢さんは、体がやわらかくて横蹴りがスムーズに綺麗に上がるんですよね。一緒に型を教えてもらう時は足を引っ張っちゃいけないなと思うと同時に、いつも自分の不甲斐なさを痛感します。亜翠佳先生は繰り返すことが大切だとおっしゃっていたので、がんばらなければいけないですね。組手でも型でも、帯が上の方になるほど動きがすごく美しくて、いつも見惚れてしまいます。他の方を見ていると、空手って美しいなと思います」

 長年、アートの世界に身を置いてきたことがそうさせるのか、関さんからはまるでひとつの作品を批評するように、どこか俯瞰で自身を見ているような印象を受けた。関さんの目に映る『空手家・関かかり』は、まだまだ不満だらけの出来なのだろう。いつの日か、芸術作品のような美しい蹴りが放てるように――。

 大好きな仲間に囲まれた道場で、関さんは今日も自分自身という作品を磨き続けている。