カラテトランスフォーマーPROFILE

 「いま、やらないと年齢的に難しいですよ。それに早く入門しないと切(きり)さんの後輩になっちゃいますよ」

 この一言が、大石尚子さんが空手の道へ進む決め手となった。声の主は、新極真会の大会特別相談役を務め、東京ベイ港支部品川道場の第1号入門者でもある佐藤潤さん。文中に出てくる切さんとは、大手広告代理店の電通に勤務する切明畑孝門さんのことだ。

 じつは大石さんの夫・健司さんは、切明畑さんと幼なじみ。健司さんと切明畑さんがデパートの地下でアルバイトをしている時に、たまたま大石さんも同じ職場で働いていたことが出会いの始まりとなった。やがて大石さんは健司さんとゴールイン。3人は、かれこれ30年以上もの付き合いとなる。

 空手との出会いは、それから何十年も後のこと。会社の同僚でもある佐藤さんと切明畑さんは、仕事の関係で昔から新極真会と親交があった。そして友人の大石夫妻を大会へ誘い、ネットワークが広がっていった。

「それまで運動はやったことがなく、主人とゴルフを楽しむ程度でした。でも初めて見た空手は、小さい子が元気よく礼儀正しく取り組んでいるし、とても美しい型を披露されている選手もいました。佐藤さんが空手を始めたと聞いて、『ああ、私もやってみたいなぁ』と思わず呟いたことがあったんです。そうしたら切さんも空手を始めると聞いて、後輩になるのは嫌なので同時に入門することになったんです(笑)」

 大石さんが東京ベイ港支部へ入門したのは2012年8月、もうすぐ丸2年になる。運動をしたことがない大石さんが、いきなり空手をするのは無謀だったのだろうか。

「最初はやるのと見るのとでは、大違いと思いました。見ていると私にもできるかなと思いましたけど、実際には手足の動かし方が難しいですね。しっかりと稽古しないと身につかないことがわかりました。でも、こんな私でも少しずつ覚えていくことができます。それが、とても楽しいですね」  

 大石さんは、空手の魅力をそう語る。さらに東京ベイ港支部には、女性の指導員・谷口亜翠佳先生がいるため、心の支えになったという。
 前回の当連載で紹介した野村麻由美さんら女性会員とも絆を深め、昨年は新極真会の全日本ウエイト制大会に出場した谷口先生を応援するために東京から大阪へ足を運ぶなど、空手は生活の一部になってきている。

「空手を始めてからは、佐藤さんや切さんを意識することがないくらいに自分の世界ができました。最初は怖さもありましたけど、危険なことは無理にやらなければいいと思います。小井師範は、その人のレベルに合った指導をされる先生なので、そこは信頼しています。それにゴルフを始めた時にプールやランニングも知り合いに連れられてやりましたが、体を動かすと気持ちが前向きになっていくように思います。空手は若い人もたくさんいますし、いい仲間ができるのも魅力のひとつかもしれません」

 現在は、青帯8級。昇級審査では、オレンジ帯10級から今の帯に飛び級した。

「昇級審査って何? というレベルだったんですけど、2度目の審査の時は、週2回の稽古に加え、週3回に稽古を増やして一生懸命、稽古に励みました。飛び級は本当に嬉しかったです。もっとがんばろうと思いました」  

当面の悩みは、組手稽古の際に思い切った攻撃ができないことだという。

「蹴ったら痛いよね、と思うと攻撃することに迷ってしまいます。もちろん攻撃したら私も痛いんですけど、人を殴ることができないんです」

 人を殴れない空手家は珍しいが、これも千差万別。無理をしないで付き合うのも、その人なりの空手ライフだ。

「昇級審査の時には組手審査もあったんですけど、暗黙の了解で互いに手加減すると思ったら、相手がバチンと打ってきたんです。そうしたら、クソ~って悔しかったんですよね。もっと若かったら、向かって行くのに……と悔しい感情が芽生え、新しい自分を発見することができました」

 55歳の主婦が見つけた、新しい自分。もはや立派な空手家といっても過言ではない。