カラテトランスフォーマーPROFILE

「東京東錬成、総本部錬成、愛知県、佐伯道場錬成、川崎錬成、長野県、ドリーム、全北陸、群馬県、関東錬成、埼玉県、全関東。ほぼ毎月ですね。1月だけじゃないですか、試合がないのは」

          

 関東圏を中心とした新極真会の年間大会スケジュールを、早口言葉のようにスラスラと口にした村上正さん。どれも息子の四季君が数年来にわたって出場してきた大会だ。四季君のサポートに徹するため、正さん自身は一度も試合を行なったことはないが、親子揃って東京ベイ港支部で稽古に励み、大会がある週末には時に地方へも遠征する生活を送っている。

 今や村上親子にとって欠かすことのできない存在となった空手だが、その出逢いは偶然だった。2010年6月、自宅マンションに品川小井道場(当時)オープンのチラシがポスティングされており、4歳だった四季君にスポーツを習わせたいと考えていた正さんは体験会に四季君を連れて行き、すぐに入門させることを決めた。

     

「小井師範は子どもたちを惹きつける雰囲気や話術を持っていらっしゃって、人の目を見て話すとか靴を揃えるとか、しつけの面も指導していただきました。この先生に子どもを預けたいと、私も妻も直感的に思ったんです」

     

 天性の運動神経のよさを発揮し、幼年ながら小学生のクラスに飛び級で参加するなどメキメキと上達していった四季君は、入門から1年後の2011年に川崎錬成大会で試合デビューをはたすと、いきなり組手と型をダブル制覇。そして翌2012年7月にはカラテドリームカップ(現・カラテドリームフェスティバル)国際大会で優勝を飾り、同年代のトップランナーに躍り出た。

      

 一方の正さんは、四季君から遅れること1年半後の2011年12月に入門。中学、高校時代に取り組んだ柔道では有段者だったため、競技が違うとはいえ最初はもう一度白帯から始めることに抵抗もあったと振り返るが、「同じようにきついことや痛いことを経験すれば、より子どもの気持ちに寄り添えるんじゃないか」と、41歳で新たな一歩を踏み出した。

 外資系生命保険会社の営業マンとしての地位を確立し、「40歳を過ぎて、誰かに怒られることもそうそうなくなっていた」と語る正さんにとって、年下の先輩たちがいる空間は新鮮だった。家庭、職場とは違う第3のコミュニティは「自分を正してくれるものですね。疲れやストレスで間違った方向に行きそうな時でも、道場では全部忘れて稽古に集中できるので、曲がりそうになったベクトルを真っすぐ戻してくれるんです」と、無心で汗を流す喜びを感じている。

     

 正さんには、空手においての絶対的な決めごとがふたつある。ひとつは、「小井師範と亜翠佳先生のことを全面的に信頼して、すべてお任せしているので」と、四季君に空手のダメ出しをしないこと。もうひとつは、つねに四季君よりも下の帯でいること。確かに現在、正さんは緑帯(3級)、四季君は茶帯(2級)だ。その理由を正さんは次のように語る。

     

「子どもからすると、父親って絶対的な存在じゃないですか。知識も体格も体力も敵わない。その中で、ひとつだけでも父親より上にいけるものをつくりたかったんです。空手に関しては四季のほうが先輩ですから。勝てるものが何もないと、たぶん逃げ場がなくなってしまうと思うんですよ」

 優勝した翌年のドリームでは3位入賞をはたした四季君だったが、小学2年生以降は毎年、あと一歩のところで表彰台を逃していた。「だんだん結果が出なくなって、小学3、4年くらいの頃は『稽古をしても勝てないんじゃないか』『遊ぶ時間を削ってまで空手に行く意味はあるのだろうか』という思考になって、少し空手が嫌になったこともあった」と四季君は語るが、そんな時に小井師範からかけられた言葉が今も胸に残っている。

     

「『今、四季の花は閉じていてつぼみだけど、いつか絶対に開花するからこのまま続けていれば大丈夫』と言っていただきました。亜翠佳先生も試合後に慰めてくれたり、奮い立たせてくれたり、いろいろな声をかけていただいています。時には厳しい言葉もあるんですけど、全部僕のために言ってくれているのだと思っています」

 四季君はこの春から中学生になった。通学に片道1時間かかり、勉強にサッカーの部活動にと慌ただしい毎日を過ごす中でも、精力的に道場へ通い、稽古に打ち込んでいる。四季君には、空手でどうしても叶えたい目標があるという。それは、「胴上げされたことくらいしか覚えていない」と、6歳で初優勝した時の記憶がほとんど残っていないドリームフェスティバルで、もう一度頂点に立つこと。しかし、そこに焦りはない。

     

「勝とう勝とうと思うと今度は勉強やサッカーが追いつかなくなると思うので、絶対に今年優勝しなければいけないとは思っていません。じっくりと、何年かかっても達成したいです。限られた時間の中で稽古をがんばって、そうしたらきっといつか結果はついてくると思うので。今はその時を待ちたいです」

     

 中学1年生とは思えぬほど冷静に、俯瞰して自分自身を見つめる四季君。正さんは、四季君の心を動かした小井師範の“言葉力”のすごさを語る。

     

「小井師範はいつも子どもたちにメッセージを出すんです。たとえば、『あるものはある。ないものはない。ならばあるものに集中しよう』。『他人と同じことをやっていても強くなれない。バカになれ』とか。直接言われたわけではないんですけど、後ろで聞いていると自分に言われているような気がして、すごく響きます。そういった言葉の一つひとつをかみ締めて帰ることが多いですね。“小井語録”という本をつくれるなと思うくらい、すごくいいことをおっしゃるんですよ」

     

 今後の空手の目標を「できる限り続けることです。今は週に1回稽古に行けるかどうかですけど、これからも細く長く続けていきたいですね」と正さん。「小井師範は私の中でずっと『メンター』です。目標であり、理想。それを支えているのが亜翠佳先生。すごくいいコンビですよね。おふたりと同じ空間にいられるのは、本当に幸せです。他の道場のことはわからないですけど、東京ベイ港支部は最高だと思います」。

     

 支部発足時からの生え抜きとして将来を嘱望される四季君と、それを一歩後ろから温かく見守る正さん。時には笑顔も涙も共有し、理想的な親子関係を築くふたりの空手道は、最高の仲間たちに囲まれながらこれから先も続いていくことだろう。